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2008年2月 4日 (月)

AMLの続き

temprafeetさん

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↓の日記を見たら、佐藤は、金氏からの批判を、「マイノリティ集団の特権的な
位置からの言説」と決めつけようとしているようですね。こう決めつけてしまえ
ば佐藤は反論しなくて済みます。あの論文に佐藤が反論するのは無理でしょう。
http://blogs.dion.ne.jp/phaenomenologie/archives/6709331.html

「<佐藤優現象>批判をできたのは金氏が在日朝鮮人だから」ということになっ
てしまうと、こういう佐藤の手口に足元をすくわれる可能性があると思います。
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そのとおりですね。

問題は、佐藤優氏にしても梶原氏にしても論文著者が在日であることをことさら重視して、「他人(外国人)」からの(日本への)批判と決めつけているところにあるのです。
この論文が注目されたのは、週刊新潮により著者が岩波書店の雑誌『世界』の元編集員だと批判記事に書かれたことからなのです。
この論文が画期的なのは著者がリベラル左派の身内からの問題提起だということです。(余計ですが、在日というところよりむしろ、元『世界』編集員というところに注目すべきなのです。)

佐藤氏が論文著者を他者として切り離すのは理解できますが、なぜ梶原氏が身内であるはずの在日リベラリストを「在日外国人(=他者)」として切り離して評価してしまったのでしょうか。
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わたしの見方は、在日外国人のこのような批判は、いわば「炭
坑のなかのカナリヤ」のように、日本の危機に敏感に反応した
悲鳴です。

日本の知識人はこの批判を警告として真剣に受け止める必要が
あります。
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梶原氏は論文の主張を正確に評価するよりも、「在日朝鮮人」からの痛烈な「警告」であるという側面を評価してしまったというところで、「在日朝鮮人」は日本社会の構成員ではないとみているのではないのかと感じたのです。(私は、出自や国籍がどうであれ日本で生活基盤をもって暮らしている人たちを日本市民=日本人とみています。)
「在日外国人のこのような批判は、いわば炭坑の中のカナリア・・・」という例えは、梶原氏の認識を率直に表現していると思います。
もちろん、私は梶原氏が佐藤や週刊新潮などと同じ差別主義者だと言っているわけではありません。むしろ日本の良心といえるすばらしい活動をしている人物だと思っています。

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「<佐藤優現象>への批判は、日本人でもできるはずでもできるはずだし、本来
日本人の方が率先してやるべきである」という認識・・・
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それは、どうでしょう。私は違う解釈をしました。もちろん、著者はそうおもっているかもしれませんが。

私は皆さんと違って専門的なことは何も知らない人間ですが、政治のテーマを扱った掲示板でど素人ながら議論をすることも多く、その際参考にさせてもらうのが、ほとんど在日韓国朝鮮人の方々からの知識なのです。例えば、半月城さんやカンサンジュン氏などです。
ですから、私は日本のリベラル左派の中核を担っているのは、在日朝鮮人なのではないかと思っています。そうでないとしたら、いずれそうなると確信しています。少なくとも私の認識では金光翔氏は在日外国人ではなく、日本のリベラル左派の論客と言うべきなのです。ですから、「在日が」、「日本人が」などというのはまったく馬鹿げていると思いますね。

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一言帰ってくれ!迷惑極まりない、不愉快だ。

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