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2008年3月

2008年3月27日 (木)

チベット暴動-ダライ・ラマも制御できない暴走

チベットのことについて深く知っているわけではないので、その過去の複雑ないきさつは置いておく。

一連のニュースを見て想像すると、たしかに、ダライ・ラマ一派が北京オリンピックの直前に合わせて大規模デモを計画実行したのは間違いないだろう。暴動が発生する少し前からダライ・ラマ周辺にかなりの動きがあり国際ニュースにも露出する頻度が突然増していた。暴動は、このダライ・ラマ一派のデモが急進派の暴走から、若者や暴徒を巻き込み制御不能の暴動に発展してしまったのではないかと考える。
ダライ・ラマ自身も暴動になるのは想定外で、暴動に対して否定的な見解を表明している。彼は暴動が発展するなら、指導者の立場から降りるとまで言っている。


ダライ・ラマ、「チベット情勢悪化なら引退」

2008年03月18日 19:32 発信地:ダラムサラ/インド      

【3月18日 AFP】(3月18日 写真追加)チベット仏教最高指導者のダライ・ラマ(Dalai Lama)14世は18日、亡命先のインド北部ダラムサラ(Dharamshala)で記者会見し、今回の暴動によりチベット情勢が悪化すれば、引退するとの意向を表明した。

 ダライ・ラマは記者団に「(チベット情勢が)制御不能になれば、選択肢は完全な引退しかない」と語り、「事態は制御できる範囲を超えつつある」との認識を示した。

 同時に、中国統治下で暮らすチベット人に「あれこれ指導できる立場にはない」と述べた。

■チベット独立は「問題外」

 チベット独立については「問題外」との見方を示し、チベット人と中国人の共生を呼びかけた。

「われわれは中国人と良い関係を構築しなければならない」

「暴力は誤りだ。反中国的な感情を煽るべきではないし、中国人とは共生しなければならない」

 一方でダライ・ラマは、暴動を陰で操っているとの中国政府の主張は否定している。(c)AFP

http://www.afpbb.com/article/politics/2362740/2752459

チベット暴動、ダライ・ラマが再び引退を示唆

2008年03月25日 21:04 発信地:ニューデリー/インド      

【3月25日 AFP】チベット仏教最高指導者ダライ・ラマ(Dalai Lama)14世は25日、中国内外でチベット人によるさらなる暴動が発生するようなら、亡命政府の指導者として引退するとの意向をあらためて示唆した。

 首都ニューデリー(New Delhi)で1週間にわたり行われる瞑想セミナーの席で語ったもの。ダライ・ラマは「暴力的デモが続くようであれば、わたしは引退する」と表明したうえで、「中国内外におけるチベット人の暴力行為に、断固反対する」と付け加えた。

 1959年からインド北部のダラムサラ(Dharamshala)で亡命政府を率いているダライ・ラマは前週にも、同様の意向を示している。(c)AFP

http://www.afpbb.com/article/politics/2369641/2774143

ここまで深刻に考えているのは、暴走してしまったデモの責任を感じていることもあるし、更にこの暴動が発展すれば取り返しのつかない民族間紛争や民族内紛争に発展するおそれがあるからだろう。何にもまして、この暴動がチベット人の為にならないからだろう。

亡命チベット人は、口々に「チベットの独立」を叫んでいるが、実はダライ・ラマはすでに独立を望んでいないと主張している。

ダライ・ラマの「中道主義」、チベット人強硬派は非難

2008年03月18日 16:40 発信地:ダラムサラ/インド      

【3月18日 AFP】中国チベット(Tibet)自治区のラサ(Lhasa)で起きた騒乱を機に、チベット人強硬派の間から最高指導者ダライ・ラマ(Dalai Lama)14世(72)が主張する非暴力主義を否定する声が上がり始めている。

 ダライ・ラマは16日、中国のチベット統治を「恐怖による統治」、「文化的虐殺」などと評して非難したが、北京五輪については「良きホスト国となるよう心がけるべきだ」と諭すのみで、ボイコットは呼びかけなかった。

■「中道」貫くダライ・ラマに不満も

 しかし、チベット独立を主張する「チベット青年会議(Tibetan Youth Congress、TYC)」は、こうしたダライ・ラマの姿勢を公然と批判し、チベット独立を求める抗議活動を継続すると主張した。

 TYCを主導するツェワン・リグジン(Tsewang Rigzin)氏は、亡命政府がおかれたインド北部ダラムサラ(Dharamshala)で記者会見し、「チベット自治区で人権侵害を続ける中国に五輪開催の資格はない」と中国を糾弾。

 さらに、1959年のチベット動乱でダライ・ラマがインドに亡命して半世紀が経過し、非暴力による自治獲得を目指したダライ・ラマの「中道」主義はチベット人民の考えと乖離(かいり)しているとして、ダライ・ラマをも批判した。

 中国政府と6年にわたって和平交渉を続けながら、根本的な主張の溝は埋まらず何の成果もみられないことから、特に若い世代を中心に非暴力主義への不満が高まっており、亡命政府は「中道」路線を見直し独立を求めていくべきだと、リグジン氏は主張する。

■亡命政府はダライ・ラマ支持

 ダライ・ラマは、中国はチベット独立を決して容認しないとの考えから、「中道」路線による自治獲得が最も現実的だと主張。16日の記者会見でも、「暴力に走ることは自殺行為だ」とチベット人らに自制を呼びかけている。

 サムドン・リンポチェ(Samdhong Rinpoche)亡命政府主席大臣も「非暴力に代わる方策は考えていない」とダライ・ラマに同調し、「チベットの人々が、安易に問題の解決を暴力に求めることはないと信じている」と述べた。

■若い世代には新指導者求める声も

 しかし、若い世代のチベット人らは、「中道」路線を貫いてきた結果、中国はチベット統治を続け、亡命チベット人の帰還もままならない状態が何ら変わっていないと不満を示し、ダラムサラに暮らす10万人の亡命チベット人の間からもダライ・ラマに代わる指導者を求める声が上がる可能性もある。

 ある亡命チベット人教師は、こうした状況について「われわれが求めるのは中国政府とダライ・ラマとの和平交渉だが、現在、起こっていることにダライ・ラマは関係ない。これはチベット人民自身による運動なのだ」と語った。(c)AFP/Nicolas Revise

http://www.afpbb.com/article/politics/2366616/2741596

だが、すでにチベット暴動はダライ・ラマの手を離れて過激化しているようだ。
中国は高度経済発展により、徐々に開放に向かい「西部大開発」によって青海チベット鉄道も通るようになった。北京オリンピックをきっかけに内政問題の解消と国際社会に開かれようとするときに、このチベット暴動はチベット自治区のチベット人が同和化されていくことへの焦りがあるのではないか?
西側メディアが流すような平和や人権とはもはや関係ない、亡命チベット強硬派と反中国活動家が民族紛争を仕掛けていると見るべきだろう。

オリンピックのボイコットは全くの間違いだ。オリンピックこそ理解と対話をもたらす絶好の場とするべき。これまで北京はオリンピックのためにあらゆる問題を解決しようと努力してきた。ボイコットはそれを無駄にし、国家、民族間の対立しか生まない。

どうも、このチベット人の暴動事件は、チベット急進派と西側反共メディアが欺瞞情報のキャッチボールをして中国の崩壊を狙って扇動しているようだ、その裏で操っているのは誰だ?

2008年3月25日 (火)

「日本支配、良い面も」

そういえば、昨日の朝日新聞夕刊にこんな記事があった。


韓国も教科書論争?

「日本支配、良い面も」
新右派系学者、出版へ

「ソウル=牧野愛博」
 韓国のニューライト(新右派)系学者でつくる教科書フォーラムが23日、日本の植民地支配について「良い面もあっ た」などと独自解釈した高校用教科書「韓国近現代史」を出版する、と発表した。政府の検定を受けていないため、「代用教科書」とし、25日から3千〜5千 部を販売する。歴史認識をめぐって韓国内外で論議を呼びそうだ。
 日本による植民地支配を批判しつつ、経済発展の基盤も作られたと説明。朝鮮戦争は北朝鮮による侵略と断定した。現行教科書は日本支配を厳しく批判。朝鮮戦争の原因の一部を米国による統治にも求めている。
 「歴史の清算」を掲げた盧武鉉前政権に対抗した試み。同フォーラムの曹珠鉉幹事は「本を購読した人々と討論し、2010年から始まる次期教育課程に、我々の主張が反映されるようにしたい」と語った。

朝日新聞 2008.3.24 夕刊

韓国の右派が親日反共反民族なのは、笑える。日本の右翼も親米なんだから捻れているが、韓国は更に捻れている。彼らが主張する「経済基盤」は植民地の韓国人の為に作ったわけでなく、逆に搾取する道具として造られたものなのだが。

『歴史は生きている』より

 当時の公文書から日本政府の意図がはっきり読み取れる。たとえば、1902年、小村寿太郎(こむら・じゅたろう)外相が桂太郎(かつら・たろう)首相に出し、閣議決定された文書にはこんな趣旨のことが書いてある。

 「京義鉄道をわが手で敷設し、京釜線と連絡させれば韓国貫通の幹線鉄道はすべて帝国のものとなり、韓国をわが勢力範囲に置くのと同じだ」

http://www.asahi.com/international/history/chapter03/02.html

 例えば、中学生の少女が拉 致、監禁された。7年後彼女は監禁から解放された。その間彼女は監禁した者のおもちゃとして飼育されていたわけだが、それでも彼女は大人に成長すること ができた。これは監禁した者のおかげなのだろうか?彼女の自由を奪ったのは悪いことだが、食事や衣服を与えたのは「良いことも」したといえるのだろうか。彼女に食事や衣服を与えたのは彼女をおもちゃとして監禁するためである。 加害者との長期間の密な関係から、被害者の彼女は食事や衣服を与えてくれることを「善意」として受け取る複雑な心理もあるのだが。この韓国のニューライト派は、日本の植民地政策に協力して優遇されていた「親日派」の家系の人たちなのではないのか。そうであれば、日本の立場を擁護することで自らの一族の歴史を正当化しようと考えるのだろう。古い世代には、単なる反共思想から米国、日本に寄りかかる者が多いよのだが。

これと同様に、よく日本の右翼が「朝鮮は日本のおかげで近代化できた」というもの。 世界中が時の流れ と共に物質・技術的な面で近代化(西洋化)への流れに乗っていたのだから、日本が支配しなくてもどのみち近代化は進んでいたはず。なぜなら19世紀後半には近代文化の本家である 欧米諸国は世界中をマーケットとして近代化そのものを軍事力を使ってまでも売り込むこんでいたのだから。
すでに時代は他の文明をもった国を征服するような野蛮な植民地拡大の時代は終わり、現在に繋がる経済グローバリゼーションが始まっていたことを考えれば、日本の植民地政策は18世紀的であり被征服民族は成長させぬよう、手枷足枷を嵌められたと考えるべきだろう。

『光州と高雄 響き合う東アジア』

朝日新聞『歴史は生きている 東アジアの150年』最終章 韓国・台湾の民主化」(3/25)
『光州と高雄 響き合う東アジア』
この特集は、なかなか良いのだけどやはり日本の関わりの負の面について知らないのか、思いつかないのか、あえて書かなかったのか、ほとんど言及されていない。まぁ、日本のマスコミの限界ということだろう。

 前に見たような光景だなーー。
 22日に投開票された台湾総統選を見ていて、そう思った。3ヶ月前の韓国大統領選とあまりによく似ていたからだ。
 ・・・
 かって命がけの民主化闘争をした陣営が現職として受けて立つ。彼らを弾圧した独裁政権の流れをくむ陣営がそれに挑む。そして政権交代。二大政党制を目指しつつ、政権交代がなかなか実現しない日本とは違う民主主義が育っているかに見える。
 その土台には、長い独裁政権時代の体験と、それを倒そうとした民主化のエネルギーがあるのだろう。そう思いながら、韓国と台湾の民主化の歴史を振り返ると、これまた実によく似ていることに気づく。

似ているのは当然だ。台湾も韓国も日本の侵略を受け植民地化された後、日本の敗戦によって解放された。そして反共の最前線として米国の支配下に入ったからだ。2国の軍事独裁政権は米国によって支援され、それによって民主化を弾圧されたからだ。
 冷戦体制が弱まる80年代になり軍事政権に対する米国のあからさまな支援が失われると民主化運動に独裁政権は倒されることになった。同じなんだから似るのは当たり前だ。

 そこに隣国から情報の風穴を開けたのが、日本で岩波書店の月刊誌「世界」に73年から88年まで連載され、軍事独裁政権を告発し続けた「韓国からの通信」だった。
 当時、学生運動で当局に目をつけられていたソウル大の朴世逸教授(59)は、73年から留学した日本で読んだという。
 「あの通信をはじめ、日本には学ぶべき点がたくさんあると思いました。立派な先生が多かったし、韓国の運動を助けた友人もいた。日本は、アジアの民主化に大いに貢献したのではないですか」

これは勘違いも甚だしい。日本は米国と共に軍事独裁政権の強力な支援者で、アジアの民主化を妨害し続けていたのが正しい。
この教授は、日本で何を学んでいたのか。(笑)たしかに「世界」での「韓国からの通信」は韓国民主化運動の大きな力になっていたようだが、これはあくまで日本の反体制勢力によるもの。これをもって日本が「アジアの民主化に大いに貢献した」と言われると加害者をヒーローにするとんでもない誤解を生む。

2008年3月13日 (木)

続X11 週刊新潮に援護される岩波書店『世界』 佐藤優という泥沼

韓国のインターネット新聞に掲載された『佐藤優現象批判』の論評が金光翔氏のブログにエントリーされている。

「韓国のインターネット新聞「プレシアン」での紹介(権赫泰氏)」
http://watashinim.exblog.jp/7452726/

以下、抜粋

日本の進歩に問う 権赫泰の日本を読む(1)

〈佐藤優現象〉と金光翔
     ――日本の進歩派に対する金光翔の問い

・・・

  これに対する護憲派の戦略は、既存の護憲層だけでなくより幅広い「国民」層を護憲勢力へと包摂しようとするものだ。この過程で北朝鮮と在日朝鮮人に対する 日本社会の非理性的な攻撃については、あえて目をつぶるか、あるいは佐藤のような対北戦争肯定派までも包摂しようとする。また1990年代以降の民主化に より、韓国、中国で巻き起こり始めた過去事問題を、韓国、中国の「反日ナショナリズム」であると貶め、「加害」よりも「被害」の側面を強調する。

・・・

  問題はこうしたリベラル左派の「転向」をどうみるかだ。1990年代まで日本のリベラル左派は、過去事問題に対しある程度「転向的」な態度を取ってきた。 韓国、中国などのアジア諸国に対し「謝罪」と「補償」をすることにより歴史問題にけりをつけ、経済大国にみあった政治大国となる路線を想定してきた。しか し形式的な謝罪と補償の構想は、「慰安婦」問題に対する国民基金問題によくあらわれているように、韓国などのアジアの民衆の抵抗により挫折することにな る。この挫折に対する焦りが、アジアの民衆らの抵抗を「反日ナショナリズム」と貶める背景として作動することになるのだ。

 しかしこうしたリベラル左派の「転向」は「転向」ではない。リベラル左派により導かれてきた日本の戦後民主主義に、そもそも植民地主義に対する問題意識 がほとんど無かったことに起因しているのである。言い換えれば日本の戦後民主主義は胎生的に植民地主義を内に抱えながら生まれてきたのである。東京大学教 授である高橋哲哉が『前夜』の創刊の際に記した次のような創刊趣旨文は、戦後民主主義の本質的な限界を明らかにしている。

「この国の「地金」が剥き出しになってきた。まるで、戦後民主主義と平和主義の全ては、この「地金」を暫時隠していたメッキにすぎなかった、とでもいうか のように。〔…〕一九四五年の敗戦は、民主主義と平和主義の憲法をもたらしたけれども、この国の「地金」に本質的変化はなかったのであろう。いま、再び、 戦争と差別の時代がやって来ようとしている。」

 ここで言われている「戦争」とは北朝鮮との戦争を、差別とは「国民」の名のもとに在日朝鮮人を排除するシステムをいう。よって明文改憲のかたちであれ、 解釈改憲であれ、戦後五十年間、民主主義と平和主義というメッキに隠されていた地金が姿をあらわす時代が来たということである。

「しかしこうしたリベラル左派の「転向」は「転向」ではない。リベラル左派により導かれてきた日本の戦後民主主義に、そもそも植民地主義に対する問題意識 がほとんど無かったことに起因しているのである。言い換えれば日本の戦後民主主義は胎生的に植民地主義を内に抱えながら生まれてきたのである。」

日本の言論・思想界が持つ根源的な問題点を、金光翔氏の論文を元にしっかり読み解いて証明しているところが素晴らしい。

自分が以前噛みついた「在日外国人のこのような批判は、いわば「炭坑のなかのカナリヤ」のように、日本の危機に敏感に反応した悲鳴です。」と言う感想とはだいぶ違う。こういった構造的な問題を理解することは日本人には不得手のようだ。


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