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2008年3月13日 (木)

続X11 週刊新潮に援護される岩波書店『世界』 佐藤優という泥沼

韓国のインターネット新聞に掲載された『佐藤優現象批判』の論評が金光翔氏のブログにエントリーされている。

「韓国のインターネット新聞「プレシアン」での紹介(権赫泰氏)」
http://watashinim.exblog.jp/7452726/

以下、抜粋

日本の進歩に問う 権赫泰の日本を読む(1)

〈佐藤優現象〉と金光翔
     ――日本の進歩派に対する金光翔の問い

・・・

  これに対する護憲派の戦略は、既存の護憲層だけでなくより幅広い「国民」層を護憲勢力へと包摂しようとするものだ。この過程で北朝鮮と在日朝鮮人に対する 日本社会の非理性的な攻撃については、あえて目をつぶるか、あるいは佐藤のような対北戦争肯定派までも包摂しようとする。また1990年代以降の民主化に より、韓国、中国で巻き起こり始めた過去事問題を、韓国、中国の「反日ナショナリズム」であると貶め、「加害」よりも「被害」の側面を強調する。

・・・

  問題はこうしたリベラル左派の「転向」をどうみるかだ。1990年代まで日本のリベラル左派は、過去事問題に対しある程度「転向的」な態度を取ってきた。 韓国、中国などのアジア諸国に対し「謝罪」と「補償」をすることにより歴史問題にけりをつけ、経済大国にみあった政治大国となる路線を想定してきた。しか し形式的な謝罪と補償の構想は、「慰安婦」問題に対する国民基金問題によくあらわれているように、韓国などのアジアの民衆の抵抗により挫折することにな る。この挫折に対する焦りが、アジアの民衆らの抵抗を「反日ナショナリズム」と貶める背景として作動することになるのだ。

 しかしこうしたリベラル左派の「転向」は「転向」ではない。リベラル左派により導かれてきた日本の戦後民主主義に、そもそも植民地主義に対する問題意識 がほとんど無かったことに起因しているのである。言い換えれば日本の戦後民主主義は胎生的に植民地主義を内に抱えながら生まれてきたのである。東京大学教 授である高橋哲哉が『前夜』の創刊の際に記した次のような創刊趣旨文は、戦後民主主義の本質的な限界を明らかにしている。

「この国の「地金」が剥き出しになってきた。まるで、戦後民主主義と平和主義の全ては、この「地金」を暫時隠していたメッキにすぎなかった、とでもいうか のように。〔…〕一九四五年の敗戦は、民主主義と平和主義の憲法をもたらしたけれども、この国の「地金」に本質的変化はなかったのであろう。いま、再び、 戦争と差別の時代がやって来ようとしている。」

 ここで言われている「戦争」とは北朝鮮との戦争を、差別とは「国民」の名のもとに在日朝鮮人を排除するシステムをいう。よって明文改憲のかたちであれ、 解釈改憲であれ、戦後五十年間、民主主義と平和主義というメッキに隠されていた地金が姿をあらわす時代が来たということである。

「しかしこうしたリベラル左派の「転向」は「転向」ではない。リベラル左派により導かれてきた日本の戦後民主主義に、そもそも植民地主義に対する問題意識 がほとんど無かったことに起因しているのである。言い換えれば日本の戦後民主主義は胎生的に植民地主義を内に抱えながら生まれてきたのである。」

日本の言論・思想界が持つ根源的な問題点を、金光翔氏の論文を元にしっかり読み解いて証明しているところが素晴らしい。

自分が以前噛みついた「在日外国人のこのような批判は、いわば「炭坑のなかのカナリヤ」のように、日本の危機に敏感に反応した悲鳴です。」と言う感想とはだいぶ違う。こういった構造的な問題を理解することは日本人には不得手のようだ。


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