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2014年1月

2014年1月13日 (月)

成人式と愚民政策

TVで毎年暴れる沖縄の成人式の様子を放映していた。羽織袴で日の丸を持って暴れる沖縄の新成人を日本中で「馬鹿な奴ら」と嘲笑しているだろう。彼らのスタイルを見ると70年代のツッパリや暴走族そのままで、やることも近所迷惑ぐらいのツッパリと反抗というその小さすぎる志もまったく同じなのだ。ツッパリや暴走族もヤクザ=極右の影響下にあったが、沖縄の成人式というのも極右勢力の影響があるのだろう。TVの暴れる成人が写る画面内に「日本会議」というノボリが見えた。
まさに沖縄という日本の植民地の愚民政策の成功が暴れる沖縄の成人式ということだ。羽織袴で暴れることで立派な日本男児皇軍兵士予備軍の意気込みをみせたのだろう。天皇制の中心から遠い植民地人、貧民、チンピラがお国の望む立派な日本人として受け入れられる為のデモンストレーションでもあるのだ。


しまぬゆ 1 ―1609年、奄美・琉球侵略

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一六〇九年以降、我々の環境と暮らしぶりは、哀れなまでに変わりましたが、薩摩はなぜ奄美・沖縄を侵略したのでしょうか?

その背景は色々あるようですが一点だけあげますと、薩摩藩の財政赤字がありました。赤字の原因 も一つだけあげますと、過剰な武士団の存在がありました。全国の士分は平均して人口の〇・五%(千人に五人)でしたが、当時の薩摩藩はなんと四〇%(千人 中四百人!)も占めていたのです。

明治維新の前後には島津家の殿様たちや、ヒロイン篤姫・ヒーロー西郷隆盛など数々の物語が生ま れました。しかし、所詮は、薩摩藩の超級のドル箱だった奄美での黒砂糖地獄の下支えがあったればこその物語りでした。明治以降、日本の士族たちは官僚や軍 部となり、今度は台湾・朝鮮・中国などアジア各地へ侵略していきました。それを可能にしたのも、薩摩藩が奄美・沖縄を一六〇九年に侵略したことで、異国で の植民地経営のノウハウを蓄積していたからです。

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http://www.synapse.ne.jp/~amamian/tentou/tubute090609.html

ネットで「しまぬゆ」を検索して上記の文章を見つけました。勝手に一部抜き出しました。問題があれば連絡を。

2014年1月11日 (土)

あけましておめでとうございます。

独自の言語空間による独自の歴史観、民族意識で坂の上の神国を目指す日本に住んでいる皆様。
あけましておめでとうございます。

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