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歴史認識問題

2012年8月27日 (月)

韓国人よ、俺は君たちの理解者大日本朝日新聞主筆若宮啓文様だ

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〈主筆のメモ帳〉韓国へ、天皇のお言葉をさかのぼれば  

■主筆 若宮啓文

<略>

■昭和天皇の「遺憾」に始まる

 さて、天皇の謝罪が初めて日韓外交の焦点になったのは昭和天皇が健在だった1984年9月、全斗煥(チョン・ドゥファン)大統領の来日時だった。韓国から初の大統領公式訪問とあって、かつての支配者だった天皇との出会いが注目の的になった。

 何らかの謝罪の言葉をもらって区切りをつけたいという韓国の希望はわかるが、日本国憲法のもと天皇は政治的言動を控えなければならない。そのバランスに配慮して、どんなお言葉を用意するか、中曽根内閣は頭をひねった。

 そのとき私は外務省の担当で、まさにこれを追っていたが、大統領来日の直前、同僚たちと欠かせないキーワードをつかんだ。65年に国交正常化のため訪韓 した椎名悦三郎外相がソウルの空港で読み上げた声明にある「遺憾」の二文字だ。大統領が「あす来日」という日の朝刊で、思い切って「天皇のお言葉『遺憾』 を表明へ」と報じた。

 「こんなことを先に書いて大丈夫かな」と、はらはらするうちに、いよいよ大統領を迎えた宮中晩餐(ばんさん)会。昭和天皇は歓迎の辞で「今世紀の一時期において両国の間に不幸な過去が存したことは誠に遺憾であり、再び繰り返されてはならないと思います」と述べた。

 我々は胸をなでおろしたが、当時としては精いっぱいの表現でも、いまの基準で考えれば中途半端な謝罪ではあった。「不幸な過去」をもたらした主語がない し、「遺憾」とは「残念」という意味で、怒りを表明するときにも使える言葉だ。全大統領はその席で「我が国民とともに厳粛な気持ちで傾聴しました」と応じ たが、韓国メディアには「物足りない」「あいまいだ」という不満の評が載ったものだ。

■「痛惜の念」のてんまつ

 それから6年後、平成になって海部政権のもと盧泰愚(ノ・テウ)大統領を迎えたのは、いまの天皇陛下だった。晩餐会では「我が国によってもたらされたこ の不幸な時期に、貴国の人々が味わわれた苦しみを思い、私は痛惜の念を禁じえません」と心を込める。不幸な時期の責任を明確にしたうえ、韓国民の苦しみに 対して「痛惜の念」を表したのがミソだった。

 今回、李大統領が不満をぶつけた発言は、この「痛惜の念」である。だが、これは韓国の強い要望も受けて、昭和天皇より一歩進んだ表現を考え抜いた末の言葉だった。

<略>

■韓国にも「言い過ぎ」の声

 「痛惜の念」に韓国メディアの反応はいま一つだったが、盧大統領は記者会見で「私も、(韓国)国民も韓日の不幸な歴史について、これで一応決着がついたと思うであろうと確信している」と答えていた。

 天皇はその後も大統領を迎えるたびに過去にふれている。94年には金泳三(キム・ヨンサム)大統領に「深い悲しみの気持ち」を表し、「反省」の言葉も盛 り込んだ。98年には金大中(キム・デジュン)大統領に「深い悲しみは、常に、私の記憶にとどめられております」という具合だ。

 そもそも国家を代表しての謝罪は首相がしてきており、これとは別にガラス細工のように積み上げられてきたのが天皇のお言葉だ。それを知ってか知らずか、 ちゃぶ台をひっくり返すような発言をした李大統領。韓国政府の関係者に聞けば、「独島訪問」の興奮冷めやらぬうち、ある集会で出た質問に、つい調子を合わ せて口が滑ってしまったらしい。

 韓国には何かと思い入れが強い天皇ご夫妻だ。今度の一件に心中いかばかりかと思うが、韓国の私の知人たちからは「大統領も言い過ぎた」「もう、天皇を招けなくなったのでは」と、心を痛める声が聞こえてくる。

http://www.asahi.com/news/intro/TKY201208260127.html?id1=2&id2=cabcaich

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韓国が日本の天皇に謝罪のお言葉を”もらう”とか、「もう、天皇を招けなくなったのでは」と心を痛める声だとか、韓国人にとって日本の天皇がどれだけ偉いのか若宮啓文はどこまでも上から目線で説く。 わざわざ「謝罪してやる」という傲慢な気持ちがありあり。

天皇の臣民や軍隊によって残虐に殺され、略奪され、強姦された何百万人の他民族の人々に向けて天皇の「お言葉」をありがたくいただけとは、どこまで倒錯しているんだ。

そんな未だに植民地支配者気分が抜けない若宮啓文に奴隷根性の韓国の友人。ここまでくると民族病。

同じような奴に石丸次郎がいたな、それに岩波書店の中もこんな感じなんだろう。

2010年7月15日 (木)

「司馬史観」 - <佐藤優現象>の向こうに見える"坂の上の雲" 2

以前書いた記事 「司馬史観」 - <佐藤優現象>の向こうに見える"坂の上の雲" では、リベラル・左派が実は日本の帝国主義的侵略思想そのものである「司馬史観」を受け入れていることを批判した。「司馬史観」そのものへの批判も書くつもりだったのだが、書きかけのままになってしまった。 先月「司馬史観」の問題点について的確な反論と歴史ドラマとして放映したNHKへの批判が書かれた良書が出版された。

「司馬史観」 - <佐藤優現象>の向こうに見える"坂の上の雲"で参考に使わせてもらった『司馬遼太郎の歴史観ーその「朝鮮観」と「明治栄光論」を問う』の中塚 明先生とやはり、当ブログ記事「読み方注意!『福沢諭吉伝説』 - 恥を知れ佐高信」で参考させてもらった『福沢諭吉のアジア認識』の安川寿ノ輔先生、「開かれたNHKをめざす全国連絡会世話人」の醍醐聡先生の共同執筆によるもの。

NHKドラマ「坂の上の雲」の歴史認識を問う―日清戦争の虚構と真実 NHKドラマ「坂の上の雲」の歴史認識を問う―日清戦争の虚構と真実

著者:中塚 明,醍醐 聰,安川 寿之輔
販売元:高文研
Amazon.co.jpで詳細を確認す

 これを読めば、司馬遼太郎などによって定説として語られる日本の歴史が如何に嘘にまみれているのかわかる。そもそもその嘘が当時の官民によって創り出された日本国と日本人の虚構の神話である。司馬は、日本国家の嘘に嘘の上塗りをしているだけなのだ。

 「司馬史観」は「優越民族思想」に基づいた「皇国神話」と強欲な「帝国主義」を結びつけた「日本主義(ジャパニズム)」というべき幼稚な自国中心主義の擁護言説でしかない。

キム・ヨンボム「日本主義者の夢」 日本語訳柴野貞夫時事問題研究所  http://www.shibano-jijiken.com/NIHON%20O%20MIRU%20JIJITOKUSHU%20SR%20TOP.html

2009年10月11日 (日)

「司馬史観」 - <佐藤優現象>の向こうに見える "坂の上の雲"

 今秋からNHKのスペシャルドラマとして「坂の上の雲」が放映されると番宣で知ったのはだいぶ前だったが、小説はほとんど読まないし、ましてやヒーロー伝説の類の時代小説なんて、死ぬほど退屈でも読まない。ドラマも見ないし。まったく興味がなく気にもかけなかった。それが今とても気になる。

 以前、このブログで「週刊金曜日」の発行人佐高信の著書『福沢諭吉伝説』を批判する記事を書いた。安川寿之輔氏の福沢諭吉批判の記事が以前の週刊金曜日にも掲載されたにも関わらず、保守派論者のお粗末な福沢諭吉擁護論を下敷きに(完コピ(^_^;))にしたいい加減な「国家主義者福沢諭吉」賛美本を出したのかが不思議だった。しかもその前には同じような目的の『西郷隆盛伝説』なんて本も出している。
 さらに、同じく週刊金曜日の編集長北村の極右系TV番組での天皇制擁護発言。「天皇制が中心となり国家が成立する」、「天皇制は日本古来の伝統と文化」、「天皇を戴いた日本は四民平等」等々の皇国史観そのままを本音でカミングアウトしている。

 そこでこれは明治賛美の布石なのではないかと考えた。「明治賛美論」と言えば日本の近代史のスタンダードと言われる「司馬史観」だ。

 調べてみると佐高は以前に、『歴史と真実』(筑摩書房 1997)、『司馬遼太郎と藤沢周平』(光文社 1999)で司馬遼太郎批判をしている。さっと読んでみると、佐高の司馬遼太郎批判は、市井の人を書かず、英雄ばかりを主人公として書いていることを批判しているので、佐高らしい本質を外した間抜けな批判だが、これは「司馬史観」の歴史認識問題にはまったく触れていない。
「司馬史観」の本質的な問題は歴史事実を恣意的に選択し、日本帝国主義が行き着いた先であるアジア太平洋戦争での敗戦ー戦後処理という結果の原因を全て「昭和」という時代あるいは「参謀本部」に負わせることで「栄光の明治」という虚飾の国家像を作り上げたことではないのか。

あくまで小説なのだからそれもありなのだが、「司馬史観」は先に国家が作られた後で国民が規定された日本人にとってアイデンティティーの危機から逃れる方便として、まるでドキュメンタリーのように定着してきた。その結果として否定されるべき「皇国史観」そのままが現代にまで歴史認識のスタンダードとして受け継がれることになった。

 相変わらずの佐高のトンチンカンな批評には脱力したが、驚くことに、上記の2冊で佐高と共に「司馬史観」を批判している中村政則氏も「司馬史観」の本質的な欠陥について触れていないのだ。中村政則氏には『近現代史をどう見るかー司馬史観を問う』(岩波ブックレットNo.427)というそのものずばりのタイトルの著書があるのだが、そこで書かれているのは「司馬史観」を原典としたと言う藤岡信勝らの「自由主義史観」と「司馬史観」との違いを上げて、歴史修正主義批判の巻き添えから「司馬史観」を擁護している。基本的な歴史認識は「司馬史観」に同意しているのだ。

 中村氏は司馬が重視する日露戦争より日清戦争の方が歴史的意義が大きいと言うが、その理由は「もし日本が日清戦争に負けていれば、確かにフィリピンの二の舞になる可能性は絶無とは言えなかったのである。その意味で、日清戦争の勝利は日本の属国化の危機を回避させた最後の機会であった。」としている。さらに、司馬遼太郎からの引用「明治末年から日本は変質した。戦勝によってロシアの満州における権益を相続したのである。がらにもなく”植民地”をもつことによって、それに見合う規模の陸海軍を持たざるを得なくなった。”領土”と分不相応の大柄な軍隊を持ったために、政治までが変質していった。〜〜」(『ロシアについて』)と「日露戦争はロシアの側では弁解の余地もない侵略戦争であったが、日本の開戦前後の国民感情からすれば濃厚に明らかに祖国防衛戦争であった。〜〜。」(『世界の中の日本』)をあげ、中村氏は「私もロシアのバルチック艦隊が日本まで攻めてきたことを考えれば、日露戦争が「祖国防衛戦争」としての側面を持っていたと思う。もし、日本海海戦で東郷平八郎の連合艦隊が負けていれば司馬の言うとおり、日本はロシアの属邦になっていただろう。」と「司馬史観」に同意している。しかし、付け加えるように、「だが、この側面だけ見ただけでは日露戦争の全体像は見えてこない。 何より日露戦争は朝鮮・満州を舞台に戦われたのであって、日本本土で戦われたわけではない。-中略- 戦争を考える場合には、こういう「攻められた側、侵略された側」の視点を忘れると、とかく独善的な戦争観が成立することになる。」「司馬の『坂の上の雲』や日露戦争についての文章を読んで不満なのは、この戦争と朝鮮問題との不可分の関係を深刻に考えていないことにある。」と司馬に対して不満を述べているが、ここまで指摘していながら、彼もまたこれ以上つっこむのを止めている。これは多くの欠陥が指摘されながら、基本的に「司馬史観」に同意しているからだろう。

 もう一つ、面白いことに気がついた。
 中村氏や佐高なども含めて、司馬史観批判の中心的な論点は、「明るい明治」と「暗い昭和」という歴史を単純な「二項対立」で語ることなのだが、司馬は「国家像や人間像を悪玉か善玉かという、その両極端でしかとらえられないというのは、いまの歴史科学のぬきさしならぬ不自由さであり、その点のみからいえば、歴史科学は近代精神をより少なくしかもっていないか、もとうにも持ちえない重要な欠陥があるようにもおもえる。」と言い放っているのだが、司馬こそが国家像や人間像を「善玉」と「悪玉」に分けて歴史を語っている張本人ではないかという当然の突っ込みがある。「それにしても、司馬が「人間像」を悪玉・善玉にわけていることに「多少の引っかかり」を感じた島田が、司馬氏が「国家像」を悪玉・善玉にわけていることに何の「ひっかりも」感じていないのは不思議なことです。〜〜 なぜなら、『坂の上の雲』を愛読し、司馬遼太郎の「史観」を支持している読者の多くは、善玉の日本が悪玉のロシアを打ち負かしたという「物語」を愛している人々だからです。」『攘夷と皇国』(備仲臣道、礫川全次 批評社、255p)
言いたいのは、突っ込みではなくて、<佐藤優現象>を推し進めた理由は、たしか”硬直した左右の二項対立の図式」の打破”ではなかったか。そう思うと、ますます「司馬史観」と<佐藤優現象>とは、相似形に見えてくる。

 朝日新聞や多くのリベラルメディアが司馬遼太郎の歴史観を絶賛しているのは知られているが、姜尚中氏が著書『愛国の作法』の中で司馬史観を肯定的に引用しているのには驚いた。
 「司馬とほぼ同じように丸山眞男も、黎明期の近代日本という国家に宿っていた「健全さ」がどのように食い荒らされ、目を覆うばかりの「体制のデカダンス」に転げ落ちていったのか、その痛ましい歴史に光を当てました。」

 ただし、ここでの引用は「とはいえ、司馬と丸山が、ともに明治前期の日本という国家に見いだした「政治的リアリズム」の認識だけは、しっかりと確認しておくべです。〜〜」というように「ナショナリズム」と「政治的リアリズム」との関係において触れているだけなので、ここで明治の覇権主義をあげつらうのはお門違いだとしても、明治を「健全」などと言い、伏線として「もっとも、太陽に向かって飛ぶイカロスのような明治国家の輝きによってあたかも目が眩んだ近代朝鮮の荊棘の歩み(ブルース・カミングス)を思うと、複雑な気持ちになります。」と弁解しているが、まっとうな在日だったら「複雑な気持ち」で済むものなのか?

 金光翔氏が論文「<佐藤優現象>批判」の中で、佐藤が提唱する「人民戦線」=(国民戦線)について書いているが、この「国益」を中心として再編された「国民戦線」が向かおうとしているのは、司馬遼太郎の『坂の上の雲』をバイブルとした、偉大なる日本人の偉大なる大国の復活ではないのだろうか。

参考:

『司馬遼太郎の歴史観 その「朝鮮観」と「明治栄光論」を問う』 中塚明 (2009 高文研)

司馬遼太郎の歴史観―その「朝鮮観」と「明治栄光論」を問う Book 司馬遼太郎の歴史観―その「朝鮮観」と「明治栄光論」を問う

著者:中塚 明
販売元:高文研
Amazon.co.jpで詳細を確認する

『司馬遼太郎と朝鮮』 備仲臣道 (2007 批評社)

司馬遼太郎と朝鮮―『坂の上の雲』‐もう一つの読み方 Book 司馬遼太郎と朝鮮―『坂の上の雲』‐もう一つの読み方

著者:備仲 臣道
販売元:批評社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

※ まだ書いている途中です。(^^;)

2008年9月14日 (日)

被害者韓国に「歩み寄れ」と言い放つ朝日新聞若宮啓文

朝日新聞が過去の歴史認識や対アジア外交において、戦前を彷彿する右翼的な論調を強めていることについて何度も批判してきた。その中心になっているのが朝日コラムニスト若宮啓文だ。
今朝の朝日新聞(2008,9,14) で、『耕論 日韓の悩ましさ 若宮啓文が迫る』と題して『和解のために』の著者朴裕河、俳優の黒田福美と対談している。

「竹島問題」と「特攻隊慰霊碑」、「これから」と3つのテーマについて語り合っているが、その傲慢で自己中心的な展開に呆れる。若宮を中心にこの三者には、問題の原点が日本側にあるという視点がまったく欠落している。というよりあえて目を背けている。

これは韓国について語っているが、韓国だけに対する考え方ではない。中国の日本の歴史修正主義に対する大規模デモが起こったときにも朝日新聞社説は、原因は中国側ナショナリズムにあると決めつけた。日本の歴史認識と過去の侵略と暴虐行為に対する謝罪と清算を否定したい日本帝国ナショナリズムを擁護する立場からの視点である。

「竹島問題」で若宮は

若宮: ただ、日本にも江戸時代には自国領と認識していた事実があるのですが。

と言っているが、若宮が「竹島一件」について知らぬはずはない。半月城氏からの反論が出されているはず。(注1) 若宮の言う事実を主張しているのは日本の外務省しかいない。
 幕府の調査によって竹島、松島は朝鮮の領土という結論に達している。(注2) それを知って言い張るのなら、日韓の歴史問題をこじらせているのは若宮自身でしかない。

朴裕河の言説が日本だけで認められていることは彼女の発言から分かる。

若宮: 「朴さんは「和解のために」で、竹島について日韓の両論を紹介し、共同領域にできないかと書きましたね。私は朝日のコラムで、いっそ竹島を韓国に譲って友情のシンボルの島にできないかという「夢想」を書きましたが、日本では暴論だとたたく人もいれば賛成する人もいる。独島では一丸になって燃えがちな韓国の世論を考えたら、朴さんの方がずっとすごいことを書いたと思いますが、大丈夫でしたか。

朴: それほど攻撃されませんでした。本は韓国でそんなに売れなかったし(笑)、読んでもらえれば前後の文脈で意図が分かってもらえますから。ただ、テレビなどでその部分だけを言ったりすれば、大変なことになったでしょう。

極端な親日家を韓国人のオピニオンであるかのように創り上げることは、日本が常習的にやってきたことだ。朴氏はそのような極端な親日家では無いのだろうが、彼女の雑で甘い考えは日本のナショナリストに都合の良いように利用され、彼女の思いとはまったく反対の方向に向かってしまうだろう。

若宮: 竹島問題が出てくるだけで、首脳会談もできなくなるのは不毛ですね。これを解決するには、広い視野で国益を考える政治リーダーが双方に必要でしょう。

首脳会談もできないほど激しい反発する側に、それを単に不毛と切り捨てる”側”の国益を考える政治リーダーがいるわけがない。自己中視点の国益論が相手に通用するだろうか。

「特攻隊慰霊碑」について、黒田福美と若宮啓文は彼女の安っぽい同情心からの善意の行動が被害者の複雑な背景と深い傷への理解が足りないことに気がつこうともしない。日本人である自分が同情してあげるのをありがたく受け取るのがあたりまえだという態度が見える。独りよがりの善意の押しつけが相手をどれほど傷つけているのか想像力が働かないのだろうか。

黒田: 不思議な話ですが、日本軍の特攻隊員として24歳で戦死した卓庚鉉さん、日本名・光山文博さんらしき人が夢に現れ、「日本名で死んだのが残念だ」と私に語ったのがきっかけです。異国の地に日本人として散った方を本来の名前で故郷の泗川に返してあげたいと思っていたところ・・・・

・・・ ところが除幕式の直前になり、左派の韓国進歩連帯と右派の光復会が靖国にまつられているような人物の碑は許せないと呼応技師、泗川市長も「拙速だった」と言い出した。

なぜ韓国人特攻隊員なのかと思うが、夢に出てきたのならしょうがない。しかし、黒田のこの行動には異国の地で日本人として「散った」者への同情だけは見えるが、日本政府によって若者を殺された特攻隊という組織、なぜ日本名で異国の地にいるかということに思いをはせることはまったくしていない。むしろ、「散った」などと本質を誤魔化した言い回しを使うところに彼女の帝国日本への理解の仕方が伺える。

黒田福美は日本が韓国人に対して行なった加害行為をどの程度認識しているのだろうか?その国家犯罪が民族の人間関係にどれほど深い傷を与えたのかも分かっていない。朴の発言からこの石碑のトラブルの核心を突く天皇への言及があるが、まったく無視したままだ。
 帝国日本に支配された時代背景を理解していない自分が悪いとは思わず、韓国人のなかに反日という偏見があるからだと決めつけている。

朴: 結果としては残念でしたが、予想されることでもありました。背景には「親日派」に対する左派の攻撃と言った植民地時代の遺産があり、冷戦時代の名残も絡んだ現代の政治対立もあります。
・・・
今回、こうした人々が石碑に反対した理由は、まず天皇に忠誠を誓った人を受け入れるわけにはいかないと言うことでしたが、日本は謝罪していないという認識もありました。

若宮: 日本と戦争した中国と違い、韓国では自分の民族が日本軍として一緒に戦わされたという屈辱感が、複雑に表れますね。しかし、日本が謝罪していないというのは誤解です。1995年の村山首相談話で植民地支配を明確に謝罪しているのだから。

いや若宮はまちがっている。日本は国家として謝罪はしていない。国家として謝罪しているのなら、なぜ問題が起こる度に村山談話の評価を首相が表明しなければならないのか?首相個人の談話で誤魔化すのではなく、国会決議で植民地支配の謝罪をするべきだろう。植民地支配を肯定する議員は処分するぐらいのことができなければ。

若宮: いろいろ問題はありますが、戦後60年たって朴さんや黒田さんのような人が出てきただけでも、大変な進歩じゃないか。これからの日韓を考える上で、お二人のような方の役割は大きい。

朴や黒田のような人物が好ましいと思うのは若宮=日本側であるのに、それをまるで韓国側も評価されるものだとの思いこみは独善的という言葉がピッタリだ。

黒田: 韓国人の反日感情はまださめやらないのかと警戒していましたが、実際は日本の女の人が来たと言うんで、食堂のおばちゃんなんか抱きしめてくれて、またおいでと言ってくれた。

日本への批判が暴虐の限りを尽くした大日本帝国に対するもので、個人を嫌っていると思いこむのは右翼がすり込んだ偏見というものだろう。

若宮: 2年後に日韓併合100年を迎えます。韓国ではその記憶が呼び覚まされる心配もある。でも、北朝鮮という共通の不安要因があるし、アジアの中でこれから厳しい状況を迎える日韓両国ほど、利害が一致している国はない。価値観も近い隣国だし、手を取り合わない限り、10年、20年先の展望は開けないと思います。

韓国で日韓併合の記憶が呼び覚まされるのは、当然だ。それをなぜ心配しなければいけないのだ。きちんと日本が過去の清算をし、近隣被害国と和解できていれば恐れることではないはず。和解をするのは日本こそが歩み寄るべきなのに、相手の足下を見たり、甘言やごまかしで謝罪や清算から逃げ被害者を罵ることしかしないから、過去を恐れるのだろう。
若宮は、和解の為には韓国が歩み寄るべきで過去については忘れろと言いたいようだ。
卑怯にも、北朝鮮を共通の敵として目を反らし、日本に付き合わなければ韓国の先はないとまで脅している。100年前の伊藤博文の言いぐさと変わらない。

 過去の歴史問題においては、日本は一方的な加害者である。「和解」というのは、加害者が被害者に十分な償いが行われたと被害者側が認めた上でなされるものだ。このような加害側の責任を棚に上げるための「けんか両成敗的な和解」や加害責任の清算という義務をまったく無視して相手側に「和解」を求めるというのは、人間性が破綻している恥知らずな暴力的言動としか思えない。いやまさしく「暴力」だ。
 このような欺瞞言説がリベラル派から堂々と主張されている。日本のリベラルが国家主義者と同様な国家・国益という視座でしか考えることができないからだろう。仮面リベラルと呼びたい腹黒い奴らだ。


注1)半月城通信 「竹島=独島問題、朝日新聞社への質問書 朝日新聞 論説主幹、若宮啓文様」( http://www.han.org/a/half-moon/hm109.html )

注2)  内藤正中 金柄烈 『史的検証 竹島・独島』(岩波書店)p42

「 見られるように、幕府の「御尋」では「因州伯州へ付けている竹島」といって、幕府としては竹島が因伯両国の鳥取藩に属する島とばかりに思ってい たことがわかる。しかし鳥取藩はこれに対して「竹島は因幡伯耆両国に付属する島ではない」と回答した。そして第七項目の質問として、竹島の外に両国に附属 している島はないかというのに対しては、竹島松島そのほかに両国に附属の島はないと明言した。鳥取藩が竹島だけでなく幕府の質問になかった松島について も、因伯附属の島ではないといったのである。松島というのは現竹島のことである。両島ともに因伯に附属する島ではないと言うことは、日本の領土ではないと 言うことになる。」

史的検証 竹島・独島 史的検証 竹島・独島

著者:内藤 正中,金 柄烈
販売元:岩波書店
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2008年8月12日 (火)

朝日新聞の高飛車和解案に従えと嫌韓社説

毎日、中国へのネガティブキャンペーンに励んでいる朝日新聞だが、中国以上にイライラさせているのは韓国のリベラルのようだ。
知っている範囲で朝日新聞の嫌韓社説キャンペーンの始まりは、盧武鉉大統領が島根県の「竹島の日条例」に怒って強硬な態度に変わったことに対して、批判的な社説を出してから。それ以来、頻繁に、執拗に、まるで朝鮮日報のように社説などで盧武鉉批判をしていた。当時は、これも朝日の論説委員が朝日新聞も含めて持つ過去の負の遺産に対して自覚がない世代となり、問題意識に欠ける優等生的な考えしかない、エリート意識の固まりだからと思った。今でも彼らの根底にあるのは、鼻持ちならないエリート意識であると思うのは変わらない。それにしても、今度の社説もひどいね。

いらだつ韓国—近隣外交はこれでいいか

 ソウルの街頭で、李明博政権を批判する集会がやまない。ネット空間でも激しい言葉が飛び交っている。

 そのうねりで自らをあおるように、韓国はあちこちの国にもとんがった角を向けている。

 まず米国だ。先週のブッシュ大統領の訪韓は数千人の徹夜の反米デモに迎えられた。警官隊が放水し、150人以上が連行された。

 発端になったのは、米国産牛肉の輸入再開のつまずきだった。数万人規模のロウソク集会が連日続いた。

 日本とは竹島問題が再燃している。ソウルの日本大使館に卵が投げつけられ、韓昇洙首相が島に乗り込んで領有をアピールした。日本から見て「なぜそこまで」といぶかる熱さである。

 北朝鮮との間でも、李政権は対話の糸口さえつかめていない。食糧支援を提案したが断られ、金剛山では韓国人観光客が北朝鮮兵に射殺された。

 中国とはどうか。1300年以上も前に滅んだ高句麗をめぐり、朝鮮民族の国家か中国の地方政権かの論争がある。ソウルでの五輪聖火リレーでは沿道で中韓の人たちの衝突も起きた。

 それぞれに背景や理由があってのことだが、共通するのは、韓国の国民のいらだちということだろう。

 根底にあるのは、将来をなかなか展望できない不安のように見える。

 金大中、盧武鉉の両政権時代、国民の政治的亀裂は深まり、経済的な格差も広がった。そこで「経済のわかる」李明博大統領に期待をかけたのに、成長率は公 約の7%には遠い。市場重視が強まり、学歴偏重社会で教育の競争も激しい。機会をうまくつかめない人たちのうっぷんはたまっていく。

 国民やメディア同士の対立も強まっている。メディアはこぞって「竹島」では過激に反日をあおるが、米国への冷静な態度を国民に求めた大手新聞社は逆にデモ隊に襲われた。

 そんな状況が李政権の外交の柔軟さをさらに奪っていくという構図だ。

 李政権が苦しいのはわかる。だが、このまま縮こまっていては、韓国自身にとっても決して好ましい状態ではあるまい。李大統領にはまず近隣外交の立て直しに踏み出してもらいたい。

 そこで生かしたい枠組みが日中韓の首脳会談だ。これまで東南アジアの国際会議の場を使って行われてきたが、今年から独立して開かれる。9月の東京開催で調整が始まっている。

 韓国内には竹島問題の余波で延期や場所変更を求める声もあるが、領土問題の主張の違いは違いとし、共通の課題でまず協力を図っていくべきだ。

 北朝鮮の核問題から地球温暖化、食糧・エネルギーの問題まで協力や連携を探るべき共通テーマは多い。韓国の人々と政府には、何よりも現実を大事に実利に立った対応をしてほしい。

2008年8月11日(月)朝日新聞社説

これほど、韓国のリベラル市民をバカにした社説もないだろう。

社説に従えば、竹島をめぐる反日デモも、金大中、盧武鉉の左派政権の失政から来た市民のイライラにあるそうだ。

韓国は、米国と日本と北朝鮮と中国との間でトラブルを抱えている。それらに共通するのは上記の韓国人の内政不満の鬱憤による八つ当たりである。そんな下らないことで近隣国とトラブルをおこすなど迷惑千万。李大統領よ、そんなことに振り回されず、もっと現実の問題に目を向けなさい。だと。

本当は、竹島問題に対してマヌケな理由付けをするために米国、北朝鮮、中国との間のデモや、トラブルを無理矢理こじつけあげつらっただけなのだが。しかも、親日派李明博大統領に近隣外交を立て直せ、もっと別の問題に力を入れろと主張しているが、親日派故に日本が引き起こした竹島問題で苦境に陥っているわけで、社説の高飛車な姿勢に朝日新聞の当事者意識のなさには呆れかえる。頭がイカレているんじゃないのか。そもそも日本人の韓国・中国への歴史認識の間違い、国家をあげての歴史修正主義が近隣国とトラブルを起こしているのに、そのことを棚に上げて厚顔無恥もいいとこだ。
日本に対する外国からの批判に対して、「国内問題の不満のはけ口にされた」、「日本を叩くことでナショナリズムを高揚させている」、「政権浮揚の為に仕組まれた」などとまるで日本はまるっきり無辜であり、言いがかりをつけられているかわいそうな被害者だと嘯く大本営発表はいい加減止めるべきだ。

領土問題、北朝鮮問題などの外交問題で、右傾化翼賛体制のメディアが煽りたてた日本外交がまったく通用せず、思ったとおりにならなぬ現実にメディア自身が苛立っている。冷静さを欠き、問題の原因は全て相手にあるという自己中心的な解釈しかできない朝日新聞論説委員は自紙で連載していた『新聞と戦争』を読んだことはなかったのか。

町の書店に積んである嫌韓流本並の知性だ。これにいちいち反論してもバカにつける薬はないから無駄だろう。

以下は、偏狭な国家主義からしか外交が見えないあなたたちの過去の過ちだ。

昭和7年12月19日新聞社120社による共同声明
 
「満州の政治的安定は極東の平和を維持する絶対の条件である、而して
満州国の独立と其健全なる発達とは同地域を安定せしむる唯一最善の途
である。東洋平和の保全を自己の崇高なる使命と信じ且そこに最大の利
害を有する日本が、国民を挙げて満州国を支援するの決意をなした事は
洵に理の当然といはねばならない。否、ひとり日本のみならず真に世界
の平和を希求する文明諸国は等しく満州国を承認し且其成長に協力する
の義務ありといふも過言ではないのである。
然るに国際連盟の諸国中には、今尚ほ満州の現実に関する研究を欠き、
従って東洋平和の随一の方途を認識しないものがある。我等はかかる国
国の理解を全からしめん事をわが当局者に要望すると共に荀くも満州国
の厳然たる存立を危うくするが如き解決案は例ひ如何なる事情、如何な
る背景に於て提起さるるを問はず、断じて受諾すべきものに非ざる事を
日本言論機関の名に於て茲に明確に声明するものである。
 
昭和七年十二月十九日
日本電報通信社 報知新聞社 東京日日新聞社 東京朝日新聞社 中外
商業新報社 大阪毎日新聞社 読売新聞社 国民新聞社 都新聞社 時
事新報社 新聞連合会
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